「親には感謝している。でも生きづらい」
「特別ひどい家庭じゃなかった。でも人間関係が苦しい」
もしかしたら
それは愛着の問題かもしれません
愛着障害という言葉を聞くと
多くの人は暴力や暴言、育児放棄
などを思い浮かべます
でも実は、愛着の問題は
目に見える虐待だけで起こるものではありません
子どもは親との関わりの中で、
「私は大切にされる存在なんだ」
「困った時は助けてもらえるんだ」
「ありのままの自分でいても大丈夫なんだ」
という感覚を育てていきます
そして、その感覚は
親の言葉だけではなく
目線や表情、声のトーン、接し方
家庭の空気感などからも作られていきます
例えば、
- 話を聞いてもらえているようで、どこか上の空だった
- 泣いたり弱音を吐くと否定された
- 親の機嫌によって家の空気が変わった
- 甘えたい時に甘えられなかった
- 「そんなことで落ち込まないの」と気持ちを受け止めてもらえなかった
- いつも親の期待に応えようとしていた
- 親を困らせない良い子でいようとしていた
こうした経験が積み重なると
子どもは無意識に
「私は迷惑をかけてはいけない」
「我慢しないと愛されない」
「人に頼ってはいけない」
「嫌われないようにしなければ」
と思うようになります
これは子どもが悪いのではなく
その環境に適応するために身につけた生きる知恵です
そして大人になると
- 人の顔色ばかり気になる
- 嫌なことを断れない
- 恋愛で相手に依存しやすい
- 愛されていても不安になる
- 自分に自信が持てない
- 人に頼るのが苦手
- 頑張っているのに満たされない
といった形で現れることがあります
本人は、
「自分の性格だから」
「自分が弱いから」
と思いがちですが
実は幼い頃の愛着の影響を
受けている場合も少なくありません
特に見落とされやすいのが
「感情をわかってもらえなかった経験」です
殴られたわけでもない
怒鳴られたわけでもない
でも、
褒めてほしいときに褒めてもらえなかった
悲しい時に寄り添ってもらえなかった
怖い時に安心させてもらえなかった
苦しい時に気持ちをわかってもらえなかった
そんな小さな積み重ねが
心の深い部分に影響を与えることがあります
だからこそ、
「親には感謝している。でも生きづらい」
「特別ひどい家庭じゃなかった。でも人間関係が苦しい」
そう感じているなら
一度立ち止まってみてください
あなたが苦しいのは
あなたが悪いからじゃなりません
もしかすると幼いころ
本当は安心したかったのに
安心できなかった心が
今も残っているのかもしれません
愛着の傷とは
愛されなかったということではありません
その時のあなたが本当に必要としていた
安心感や理解を、十分に受け取れなかった状態とも言えるのです
私もそうでした
私の両親は二人とも教師で
学校の成績や周りの評価に
とても厳しい部分はありましたが
基本的にワイワイ賑やかな家庭で
傍から見たらごくごく普通の
仲良しな家庭だったと思います
旅行も沢山行ったし
色んな経験させてもらったし
留学だってさせてもらって
幼少期含め親から愛を感じることも
もちろん沢山ありました
なので、親にはずっと
感謝の気持ちはありました
だけど、、
だけど、なぜだかずっと
生きづらかったんですよね
そこだけがどうしても
私の人生で引っ掛かりが取れなかったんです
そして掘り下げていくと
愛着障害だった
ということがわかって
そこについてカウンセリングやセラピーで
向き合って克服していった
という経緯です
だからね、親を悪者にするとか
そういうんじゃないんです
自分にとって本当に欲しかった愛って
どんなだったのか?というところを
ちゃんと見ていくって感じです
そして、その傷は大人になってからでも
癒していくことはできます
なのでまずは、あなた自身が
「私は傷ついていたのかもしれない」
その可能性を認めることから
回復は始まると思っています
誰にも気づいてもらえなかった
心の痛みほど、深く残るものはありません
だからこそ今度は
あなた自身がその心に
気付いてあげてくださいね
私が重度の愛着障害からどうやって
克服していったかの話はこちら

Maiのカウンセリングやセラピーは

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